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このこをのこして

この子を残して

永井 隆

「この子を殘して」大日本雄辯会講談社、1948(昭和23)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,102 字 · 203 页

青空文庫

一度死んだ父母を再びこの世に連れ戻すことができないことはわかりきっている。それとまったく同じく、父の愛、母の愛と本質的にまったく同じ愛を再び与えることはできない。絶対にできないのである。――私がカヤノにそそぐ父の愛は、私とカヤノとの間にのみ存在する独特の愛であって、唯一絶対である。けっして普遍的一般的の愛ではない。誠一にそそがれていた私の妻の母としての愛は、神からこの子の母、この母と子に限定された二人の間を結ぶ愛であって、他の何人とも切り替えることできない。親子の間の愛情はまったく個人的であって、けっして社会的集団ではなく、普遍的妥当性をもつ愛ではない。すでに私が誠一にそそぐ愛とカヤノにそそぐ愛とは同じではなく、誠一が父私に抱く愛と母に寄せる愛とは異なっているのである。

私は大学生の時に母に死に別れ、初めて母と私との間の特異な深さを知った。その胎内に宿ったという一つの事実だけでも、すでに動かすことのできぬ、移すことのできぬ、ただ一本のつながりであることを証明する。ましてその血によって大きくなり、その生命をおびやかして出産し、その肉体の胸のふくらみから漏れる液を吸うて太り、そのこまやかな心遣いによって大きく育ってきた私である。