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このこをのこして

この子を残して

永井 隆

「この子を殘して」大日本雄辯会講談社、1948(昭和23)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 102,102 字 · 203 页

青空文庫

肩をやさしく抱いて、耳もとに口を寄せて、ほんとうに子の心になって慰めてくれるのは母だけであった。慰めてくれる母がわが家にいる、わが傍らにいる、と思うだけで、もう何も心配はなかった。恐れはなかった。さみしさも苦しさもなかった。

病気の時にはことさらそれがよくわかった。真夜中に目をあけてみると、熱のために軽い目まいがして、被いをかけた電灯がなんだか化け物みたいにゆらりゆらりしたり、身体が寝台もろとも地の底へずりこむように感じたり、頭が割れそうに痛んでいても、そこにまんじりともせず座っている母の姿――それもはっきりは見えず、白い古風なえり当てだけ目にうつっても、それだけで安心をして再び目をつむる。すると、額の氷嚢をしずかに取り換え、どうだえ? 気分は悪くないの? もうすぐ夜が明けるからね、夜が明けたらきっと快くなりますよ、とささやいてくれた。それを聞いただけで、熱は下がってゆくような気になるのだった。

母のいたころは幸福だったのだ。泣けば慰めてくれるから幸福だったのだ。

大人になっても泣きたいことは毎日ある。思い切り大声を張り上げて泣きたい。じだんだふんで泣きたい。