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さるすべり

さるすべり

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社、1943(昭和18)年7月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,095 字 · 24 页

青空文庫

そして戻って来ると、猿滑の樹蔭のよきところを選び、黙ってそこの土を掘りはじめた。……大手前を走って来たときの姿がまざまざと眼にうかんだ、かれはその走る姿を見たとき妻だと思った、それから弾丸に当って倒れ、重傷に屈せず城のほうへ這い寄って来るのを、城壁の上からじっと見ていた苦しさは云いようのないものだった。

「だがおれをみろ」かれは鍬をふるいながら呟いた、「おれは少しも未練な気持はおこさなかったぞ、よく覚えておくがいい、これが戦というものだ」掘りおこされる新しい土の香が、夜気のなかに強く匂いだした。

それからさらにどれほどの激戦があったことだろう、片倉景綱が九月中旬に、兵五百をひきいて白石へもどって来たとき、城はまるで廃墟のようになっていた、城門は倒れ、櫓は砕け石垣は崩れていた。……そして、大手内まで出迎えた浜田治部介と十七人の兵たちは、まるで幽鬼のようなすさまじい姿をしていた、みんな傷だらけだった、立っているのがやっとらしい者もいた、人々は思わず眼をそむけた。

「これほどとは思わなかった」景綱はむしろ腹立たしげに云った。「上杉軍は最上義光を討つために、主力を出羽へ侵入させた、白石へはわずかに押えの兵が来ている、北目城ではそう信じていた、だがこれは相当の勢力で攻められたのではないか」