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しじみがし

しじみ河岸

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,438 字 · 51 页

青空文庫

一

一

花房律之助はその口書の写しを持って、高木新左衛門のところへいった。もう退出の時刻すぎで、そこには高木が一人、机の上を片づけていた。

「ちょっと知恵を借りたいんだが」

高木はこっちへ振返った。

「この冬木町の卯之吉殺しの件なんだが」と律之助は写しを見せた、「これを私に再吟味させてもらいたいんだが、どうだろう」

「それはもう既決じゃあないのか」

「そうなんだ」

「なにか吟味に不審でもあるのか」

「そうじゃない、吟味に不審があるわけじゃない」と律之助は云った、「私はこの下手人のお絹という娘を見た、牢見廻りのときに見て、どうにも腑におちないところがあるので、こっちへ来てから口書を読んでみた」

高木は黙って次の言葉を待った。

「それから写しを取ってみたんだが」と律之助はそれを披いた、「これでみると娘の自白はあまりに単純すぎる、自分の弁護はなにもしないで、ただ卯之吉を殺したのは自分だ、と主張するばかりなんだ」

「あの娘は縹緻がよかったな」

「読んでみればわかる、これはまるで自分から罪を衣ようとしているようなものだ」

「おれに読ませるんじゃないだろうな」

「まじめな話なんだ」と律之助は云った、「私に再吟味をさせてくれ、申し渡しがあってからでは無理かもしれない、しかしいまのうちなら方法がある筈だ、たのむからなんとかしてくれないか」