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しじみがし

しじみ河岸

山本 周五郎

「オール読物」文藝春秋新社、1954(昭和29)年10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 25,438 字 · 51 页

青空文庫

と、うしろで声がした。律之助が振返ると、しなびたような老人が立っていて、彼に会釈をした。

「わたしゃあ弥五という船番ですが」とその老人は云った、「よろしかったらわたくしの小屋でちょいとひと休みなさいませんか」

律之助は老人の顔を見た。その老人は寺へ集まった者たちの中にいたようである。彼は頷いて「休ませてもらおう」と云った。

その小屋は亀久橋の角にあった。腰掛のある一坪の土間と、畳三帖ひと間だけの雑な小屋で、老人はそこから、岸に繋いである船の見張りをするのだと云った。

「こんな狭い堀へ入る船だから、ろくな荷は積んじゃあいませんが、それでもうっかりすっと、なにかかにかやられるもんですから」と老人は云った、「なにしろこの辺の人間ときたら、いや、こっちもそんなことの云える柄じゃあございませんがね」

老人は土間の焜炉で湯を沸かしながら、おっとりした調子で自分のことを語った。――弥五郎というのが本当の名で、若いじぶんから船頭になった。結婚を二度したが、二度とも失敗し、それ以来ずっと独身をとおした。中年以後、水売りの船を三ばい持ったこともある、酒と博奕でそれも失い、足腰がきかなくなってから、この堀筋の頭たちの好意で、船番をするようになった、というように話した。