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そのとし

その年

宮本 百合子

「宮本百合子選集 第五巻」安芸書房、1948(昭和23)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 13,964 字 · 28 页

青空文庫

「ああ。――大して暑うもないけ」

機械的にちのところへ手をやったが、お茂登は、忽ち羽織のことは念頭にない調子で、

「どうで、もうすんだの」

と、自分のわきにあぐらを組んだ息子を見た。

「三時からまた二時間ばかり行かにゃならん」

「出てしまうまでは、いよいよ暇というものはないもんと見えるなあ」

着いても話したのは二十分ぐらいのことで、あとは皆が背嚢を背負ったりとったりするのを、お茂登は、根よく眺めていたのであった。いくらか子供らしく歎息する母親に、源一は笑い出した。

「これでもおっ母さん、きょうはましなんで。きのうあたり来てお見。迚もこうしちゃおられざったんで」

そこへ永田軍曹も帰って来た。去年源一が除隊になった後もずっと隊に居残った永田が、今は源一の上官であった。

「自分が初年兵の時代には、今井君に大分世話をやかしたもんであります」

その誼みに頼る心持を飾りなく面にあらわして、お茂登は息子の身の上をたのんだ。

「そう云われては恐縮です。お互に初めての経験で、まア助け合いながら十分勇敢に、且つ賢明にやる覚悟ですから、決して御心配はいらんです」

そういう云いまわしなどでも源一とはちがうその若い軍曹は、一応お茂登との挨拶がすむと、てきぱきとしたとりなしで弟に向い、