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あじさい
たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集
佐藤 春夫
佐藤春夫『たそがれの人間 佐藤春夫怪異小品集』。同一底本的分册已合并为一书。收入:あじさい、幽香嬰女伝、化物屋敷、緑衣の少女、私の父が狸と格闘をした話、幽明、柱時計に噛まれた話。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 41,277 字 · 84 页
笑いかけようとしているような口元で、目鼻立ちは妻にそっくりなのである。それが壁によりかかったままでぐったりした姿勢のまま動こうともせず、言葉をかけないのも不思議であった。家内がこんな未明に何だって起きているのであろうか。どこか加減が悪いのではあるまいかなどと疑って、わたくしは
「おい、お前、何だって今ごろそんなところに立っているのだ?」
と呼びかけた。すると
「わたし起きてなんかいませんわ、こうしてここに寝ているじゃありませんか」
と、これははっきり家内の声である。わたくしは反射的にのぞき込んでみたが、家内はたしかにヘッドボードの影に横たわっているのが見えた。次に立っているものを見ようと視線を転ずると、そこにはもう何者も、もの影さえも見えなかった。
その時、わたくしに閃光のようにひらめくものがあって、壁によりかかっていた今の若い女も、そうしてこの間のカーテンをくぐり出ていた女も、同じぐらいな背たけであったが、あれは同一人、そうして紛う方もなく、今、縁談の成立しようとしているせがれの妹に相違ないと思った。ほとんど直感的にである。
わたくしはその後も寝室や廊下などで家人の何ぴとの物でもない櫛の落ちているのを二三度見つけて怪しんだことがある。