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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

一

一

朝田隼人が江戸から帰るとすぐに、小池帯刀が訪ねて来た。

「こんどの事はまことに気の毒だ」と帯刀は挨拶のあとで云った、「しかし織部どのと西沢とのはたしあいは、斎藤又兵衛の立会いでおこなわれ、正当なものと認められたし、西沢は三年間の木戸詰に仰せつけられて山へいった、事ははっきり始末がついたのだから、どうか騒ぎを起こすようなことはしないでくれ」

隼人は伏し眼のまま黙っていた。

「丹後さま騒動がおさまって五年にしかならない」と帯刀はまた云った、「それも本当に平静をとりもどしたのは、丹後さまの亡くなった去年からだ、そこをよく考えて、家中ぜんたいのために堪忍してくれ」

隼人が静かに眼をあげた、「はたしあいのあったのは、六月十七日だったそうだな」

「十七日の午後、北の馬場でだ」

「おれは江戸で兄から手紙をもらったが、その日付は六月十二日になっていた」

帯刀が訊いた、「どういう手紙だ」

「おれは騒ぎを起こすつもりはない」

「こんどの事に関係のある手紙か」

「それは二度と訊かないでくれ」と隼人が云った、「これからは後見として、甥の小一郎を育ててゆかなければならない、それがせめてもの兄への供養だと思う」