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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
と伊平次は続けた、「堤町の安岡宗庵ですが、その話によると織部どのの傷のうち、心臓を突きぬいた一刀はうしろからやったもので、傷口は背中から胸へ貫いていたというのです」
「それで」と隼人は眼をあげた、「――なにが不審だというのですか」
その反問は意外だったのだろう、伊平次はちょっと口ごもった、「なにがと云って、真剣勝負にうしろ傷ということがあるでしょうか」
「ごく稀だろうけれども、絶対にないとは云えないでしょう」と隼人が云った、「それよりも、あの件は御老臣がたの吟味によって始末がついている、動かない証拠があればともかく、疑わしいという程度の理由で、騒ぎをむし返すようなことは慎んで下さい」
「わかりました」と伊平次は頷いた、「ほかにも不審なことがあるのだが、そういう御意見ならなにも云わないことにします」
若いためにこらえ性がないのだろう、伊平次の顔に不満の色があらわれるのを、隼人は認めた。
「丹後さまの騒ぎを覚えていますか」と隼人は静かな口ぶりで訊いた、「――あのとき萱野大学どのが詰腹を切らされ、貴方のお父上も百日の閉門を仰せつけられたでしょう」
「ええ知っています」