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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

「村の人たちをこのようにしたのは藩の責任です」と隼人は答えた、「音曲のことでも、耕地のことでも、じつを云うと幾たびも投げたくなるのですが、藩の仕置に責任があったことを思うと、やはり及ぶ限りやってみようという気持になるのです」

「私は失敗致しました」と老人が深い声で云った、「こんなことを申上げるのはいかがかと思いますが、朝田さまも失敗なさるかもしれません、そんなことのないように祈りますけれども、肝心なことは失敗するかしないかではなく、貴方が現にそれをなすっている、ということだと思うのです」

老人はそこで言葉を切った。自分の云ったことの意味が、そのとおり隼人に理解されるかどうかをうかがうかのように。そして隼人が黙って頷くのを見ると、失礼なことを云って申し訳がない、気に障ったらゆるして頂きたい、と辞儀をした。

「いや、こちらこそ」と隼人は会釈を返した、「こんな時刻に御足労をかけて済みません、かけはしを直したらまた御相談にあがります」

「お待ち申しております」と云って、老人は夜空を仰いだ、「明日は晴れるようでございますな」

翌朝、隼人は四時に起きた。老人の云ったとおり、まだ暗い空はいちめんの星で、微風もなかったが、寒さは真冬のようにきびしく、地面はすっかり凍っていた。