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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
「しっかりつかまっていろ」
隼人はそう云って、注意ぶかく崖を蹴った。西沢は身をちぢめて、しがみついた手足に力をいれ、躯ぜんたいでふるえた。隼人はいそがず、ゆっくりと揺れを大きくしてゆき、かけはしの残った部分へ足が掛ると、それが落ちないことを慥かめてから、はじめて西沢をはなし、自分も渡り板の上におりた。
「いまのことは私と西沢自身しか知ってはいない」と隼人は云った、「西沢には妻女とまだ幼い子があるそうだ、今日のことは耐えがたいだろうが、ここまでくれば底の底だ、これを立ち直る機会にする気はないか」
西沢は崩れるようにそこへ膝を突いた。
「もしその気になれず、恥ずかしいからといってここで無分別なことをするようなら」と隼人は続けた、「おれはあったことをすべて老職に訴えて出る、そうすれば妻子がどうなるかはわかるだろう、――わかるだろう」
西沢は深く頭を垂れた。
「木戸へ帰って話しあおう」と隼人は云った、「恥辱を耐えぬくということも立派な勇気だ、こんどはその勇気をみせてくれ、そのくらいのことはできる筈だぞ」
「木戸へは帰ります」西沢はかすれた声で云った、「あとのことはわかりませんが、木戸でお帰りを待っていることはお約束します」