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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
話によるとずっと昔からのことであり、代々黙認されて来たのだという。木戸の生活は単調そのもので、これという娯楽もなく、男ばかりが顔をつき合せているため、とかく気持がすさみがちである。また、部落では若い男が少ないし、躾けも教育もされず、野放し同様に育っている女たちは、求めて木戸の番士たちに近づこうとする。どちらの側からいっても防ぎようがない、ということであった。
隼人がまだ城下にいてしらべたときにも、その話はおよそわかっていた。だが彼には真実らしく思えなかったし、山へ来てからはすっかり忘れていた。ところが四月十日すぎの或る夜、彼は自分の眼でそれを現実に見たのである。――季節はもう初夏であるが、山の天候は変りやすく、風のない晴れた日でも、夕方からは寒気がきびしくなり、岩肌に薄氷の張ることも稀ではなかった。その夜は珍しく暖かで、そよ風もなく、谷のはるか下のほうから、夜鳥の鳴く声さえ聞えて来た。――夜の十一時ころだろう、ひと眠りして眼のさめた隼人は、どうやら寝そびれたらしく、いつまでも眠れないうえに、肌が汗ばんできたので起きあがり、新しい寝衣を出して、着替えをした。