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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
村の人別にはいっていないということは、おそらく誰も知らないだろう、と七郎兵衛は云った。
「ああそうだ」暫く歩いてから、岡村はふと気づいたように云った、「――老人には妻女と子供があって、どちらも村で病死したということを聞きましたよ、墓地へゆけば墓がある筈です」
「村の中にあるのか」
「御案内しましょう、いちばん高いところです」
坂をくだり、でこぼこした断崖に沿って、標の石のところまでゆくと、岡村七郎兵衛は「こっちです」と手を振り、このまえより一段高い檜のほうへ登っていった。――岩ばかりの道であるが、道や杉が爽やかに匂い、岩の隙間には草が芽ぶいていた。土地が悪いのか、風雪がきびしいためか、ここでは檜も杉も丈が低く、幹や枝葉も痩せているようにみえるが、その若葉の匂いや、岩地をぬいて伸びる草の、あざやかな若みどりの色は、そのまま生命の力と、根づよさを示しているように思えた。――墓地を殆んど登り詰めようとするところで、岡村七郎兵衛は左へ曲り、五十歩ほどいってから、右側にある檜の生垣へ、手を振ってみせた。
「私はここで待っています」
「待たなくともいい」と隼人が云った、「先に老人のところへいっていてくれ」