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ちくしょうだに
ちくしょう谷
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页
――だが、老人の話は隼人をおどろかせた。老人は同じ家中の侍であり、四十年まえに藩籍をぬけて、この流人村の住民になった、ということであった。
「姓名は申上げられません、家は二百石ばかりの番頭格で、私はその三男でした」
二十二歳のとき、彼は木戸詰を命ぜられて来、流人村の事情をしらべた。そして、住民たちの悲惨なありさまに義憤を感じ、かれらを正しい生活にみちびこうと考えて、町奉行に訴状を送ったりした。――当時も木戸の番士と、部落の女たちとの関係は紊れていた。女が妊娠すると、部落のうちで堕胎してしまう。方法はわからないが、おそらく原始的なものだろう、そのために女が死ぬことさえ稀ではなかった。
「私は木戸の番頭に向って、規律をきびしくするように申入れ、また番士と女たちとの密会の邪魔をしました、番頭はとりあってくれず、いくら邪魔をしても、密会を防ぎきることはできませんでした」老人はそこで、もうさめてしまった茶を啜り、両手で湯呑を包むように持って続けた、「そうしているうちに、私自身があやまちを犯すことになったのです、――相手はこごさという、十六になる娘で、親はまさうちと申しました、それが姓であるか名であるかわかりません。