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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

「私は太鼓も叩けます」と乾が答えた。

みんなが笑った。

「足軽の中に笛の上手な男がいます」と岡村七郎兵衛が云った、「磯部庄左衛門といって、これは本式らしいですよ」

「では組頭に話しておこう」隼人は頷いて云った、「詳しいことは村の者と相談のうえできめるが、たぶん御用林の仕事が済んでからになると思う」

そのときは頼むと隼人は云った。

翌日、隼人は村へゆき、正内老人と会って話した。御用林の仕事に出る人数をきめ、それから取寄せた楽器のことを相談すると、老人は頷きながら、ここでもまた「いそがないほうがよい」と注意した。老人もずっと以前にためしたことがある、大須才之助という番頭のときで、琴と一節切を使った。一節切は老人がやり、琴は番頭が城下から盲芸人を呼んでくれた。けれども村の者は暫く聞くと飽きてしまい、習おうという者もなかったし、三十日も経つと聞きに来る者さえなく、ついに失敗に終った、ということであった。

「音曲は人の品性を高め、また心をやわらげ、たのしませる徳があります」と老人は続けて云った、「しかしそれも、環境や生活に或る程度のゆとりがあってのことで、この村のように特殊な悪条件の中では、こちらによほどの忍耐と、年月をかける気組みがなければ、うまくゆくまいと思います」