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ちくしょうだに

ちくしょう谷

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」1959(昭和34)年4月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 69,788 字 · 138 页

青空文庫

十三

兄は知っていたらしい、自分を捉まえると意見をしたが、自分は断じてやると主張した。すると兄は力ずくでも止めると云い、組み打ちになった。年も六つ違うが、兄は意外なほど腕力が強く、自分はたちまち組み伏せられてしまった。

十三

隼人はそこで言葉を切り、そのときのことを回想するように、暫く眼をつむって沈黙した。

「おれを組み敷いておいて、兄はこう云った」とやがて隼人は続けた、「江戸家老を斬っても丹後さまがいる以上なんの役にも立つまい、丹後信温さまは殿の叔父に当るから、これに刃を向けることはできないだろう、――丹後さま一味が本当に悪事をおこなっているのなら、それがあらわれずにいるということは決してない、世の中のことはながい眼で見ろ、たいていのことは善悪の配分が正しくおこなわれるものだ」

帯刀は手紙を巻きながら、「朝田さんの意見はわかった」と頷き、ついで肚立たしげに云った、「だがこの手紙を読んでいるのに、なぜ隼人はなにも云わなかったんだ」

「忘れたのか」と隼人が云った、「おれが帰国したときすぐに小池が来て、決闘のことは済んだ、立会い人もあったし、老職の詮議でも正当だと認められた、残念だろうが事を荒立てないでくれと、諄いほど念を押していたぞ」