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ばちあたり
ばちあたり
山本 周五郎
「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页
その心配はいまはじまったことではない、いまから十二年まえ、私が郷里の高校を出たあと、東京の学校の医科を卒業した翌年の春、敏夫が中学二年のときにそのことが起こった。
――敏夫は読んだ。
あのとき敏夫が読んだということは確実ではない。私が学校の付属病院から帰ると、彼が私の部屋から出て来たのだ。敏夫は八重歯のある白い歯をみせて微笑し、持っている鋏を振りながら云った。
――これ、借りるよ。
――使ったら返すんだぜ。
彼は持っている鋏を見、うん、と云って去った。私は部屋へはいって着替えをしながら、敏夫がノートを読んだ、ということを直感した。いそいで机の抽出をあけたが、ノートは日記の下にちゃんとあり、動かされたようすもないし、それを披いたり読んだりしたという形跡も残ってはいなかった。にもかかわらず、敏夫がそれをみつけ、その項目を読んだという直感は、私をつよくとらえて放さなかった。
――中川のときもこんなふうだった。
中川という男が二階からおりて来たとき、どこにも変ったようすはなかった。私はまだ十歳だったし、中川に対して特に関心を持ったことはなかった。母の郷里のほうの親類の者で、大学の籍を東京に移したが、下宿のきまるまで預かる、ということであった。