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ばちあたり

ばちあたり

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页

青空文庫

敏夫は答えなかった。

「君が云わないのなら私から云おう」私はいっそう声を低くした、「君はいつか私のノートを読んだ」

「兄さんは知らないんだ」

「君はあのノートを読んだ」

「読んだのはかあさんだよ」

私は思わず立停り、敏夫も立停った。そこは寺町のはずれで、向うは雪に掩われた田圃がひろがり、左の遙かかなたに、孤立したその山がぬきんでて高く見えた。私は深く息を吸い、静かに吐きだしながら、敏夫を見た。

「読んだのはかあさんですよ」と敏夫は山のほうを見たままで云った、「なんだってあんなことを書かなければならなかったんです、兄さん、なんのためです」

私には答えようがなかった。

「なんのためです、兄さん」と敏夫はひそめた声で囁やくように云った、「面白かったからですか、好奇心ですか、それともかあさんの罪を咎めたかったんですか」

私は靴の先で雪を突ついた。

「わからない」と私は答えた、「自分でもどういう気持で書いたかはわからない、ああいうことにぶっつかったら、おそらく君でも書いたんじゃないかと思う」

「生みの母親のことをですか」

「私は非難しはしなかったよ、君が読んでいればわかるだろうが、私は自分の感じたことを感じたままに書いただけだ、生みの母親だということも考えなかったろう、正直に云えば自分の研究の材料になる、というくらいの気持はあっ