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ばちあたり

ばちあたり

山本 周五郎

「小説新潮」新潮社、1960(昭和35)年1月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,391 字 · 44 页

青空文庫

たかもしれない」

「研究とはどんなことです」

「皮膚だ」と私は云った、「視覚や聴覚や味覚よりも、皮膚から受けるもののほうが人間の感覚を支配するのではないか、――いろいろな事情で臨床専門になってしまったが、私はこのテーマに一生を賭けるつもりだった、あのノートを書いたのはそういう時期だったんだ」

敏夫は脇へ向いて唾をした。

「あんたはいやな人だ」と彼は云った、「あんたははなもちのならない人ですよ、姉さんは女の弱点をよせ集めたような人だし、啓さんはみっともない俗人だ、それでもあんたよりましです、人間としてはずっとましですよ、わかりますか」

「ぼくは知らなかった」とすぐに敏夫は続けた、「どうしてかあさんが東京へ帰りたがらないのか、姉さんやあんたが諄いほどすすめたし、ぼくだって東京へゆくようにすすめたのに、かあさんはどうしても承知しなかった、なぜだと思います、え」敏夫は眼をほそめて私をみつめた、「――学校が新制になって高校へはいったとき、こんなことを云うのはいやだけれど、ぼくは失恋した、ぼくは死にたかった、死のうとしたんだ、そのときかあさんがあのことを話してくれたんですよ、――そのあとでかあさんがなんと云ったと思います、あの人とのことがあったので生れてきた甲斐があった、いいですか、あの人とのことがあったので、この世に生れ