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めおとちょう
めおと蝶
山本 周五郎
「講談倶楽部 春の臨時増刊号」大日本雄弁会講談社、1950(昭和25)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 23,977 字 · 47 页
が、すぐに、信乃さんという低い囁きをはっきり聞き、ぞっと背筋に水を浴びたように感じながら、信乃は夢中で立って廊下へ出ていた。
「――信乃さん、信乃さん」
声は雨戸のすぐ外でしていた。
「――知也です、あけて下さい、信乃さん」
信乃はがたがたと震えた、あけてはいけない、こう思いながら殆ど無意識に、手は雨戸をあけていた。もう積りはじめて、うっすらと白くなった庭に黒い人影がみえ、あけた戸口へ貼り着くように寄って来た。
「――匿まって下さい、私のためではない、藩ぜんたいのために死んではならないのです、あなたが武士の娘ならわかる筈だ、お願いします」
それが知也であるとはっきりわかるまえに信乃は彼を上へあげ、雨戸を閉めた。
「庭に足跡は残っておりませんか」
「大丈夫です、雪が消して呉れました」
「そのままこちらへ、どうぞ」
知也は跣足であった。ざっと拭いただけであがると、信乃は自分の居間へつれてゆき、納戸をあけて中へいれた。
「此処はわたくしのほかに決して人はまいりません。いまなにか温かい物を持ってまいります、……そこに古夜具がございますから、どうぞお楽になすっていて下さいまし」