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ものおもうあし

もの思う葦

太宰 治

――当りまえのことを当りまえに語る。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,430 字 · 42 页

青空文庫

」

露伴の文章がどうのこうのと、このごろ、やかましく言われているけれども、それは露伴の五重塔や一口剣などむかしの佳品を読まないひとの言うことではないのか。

玉勝間にも以下の文章あり。「今の世の人、神の御社は寂しく物さびたるを尊しと思ふは、古の神社の盛りなりし世の様をば知らずして、ただ今の世に大方古く尊き神社どもはいみじくも衰へて荒れたるを見なれて、古く尊き神社は本よりかくあるものと心得たるからのひがごとなり。」

けれども私は、老人に就いて感心したことがひとつある。黄昏の銭湯の、流し場の隅でひとりこそこそやっている老人があった。観ると、そまつな日本剃刀で鬚を剃っているのだ。鏡もなしに、薄暗闇のなかで、落ちつき払ってやっているのだ。あのときだけは唸るほど感心した。何千回、何万回という経験が、この老人に鏡なしで手さぐりで顔の鬚をらくらくと剃ることを教えたのだ。こういう具合の経験の堆積には、私たち、逆立ちしたって負けである。そう思って、以後、気をつけていると、私の家主の六十有余の爺もまた、なんでもものを知っている。植木を植えかえる季節は梅雨時に限るとか、蟻を退治するのには、こうすればよいとか、なかなか博識である。