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アンドロギュノスのちすじ
アンドロギュノスの裔
渡辺 温
渡辺温『アンドロギュノスの裔』。同一底本的分册已合并为一书。收入:アンドロギュノスの裔、可哀相な姉、或る母の話、父を失う話、花嫁の訂正、イワンとイワンの兄、恋、勝敗、少女、シルクハット、嘘、象牙の牌、兵隊の死、ああ華族様だよ と私は嘘を吐くのであった、遺書に就て、赤い煙突、風船美人、四月馬鹿、十年後の映画界、浪漫趣味者として。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 129,168 字 · 267 页
智子も先刻からその自動車には気がついていたのだが、遉に浅原の乗用とは考え及ばなかった。
浅原は硝子窓の内側から、熱心な眸で智子の方を瞶めた。
(あの人、乗せてくれるかも知れないわ――)
智子は、そんな期待を感じて、胸をかたくした。
だが、そのまま浅原のクーペは軽いエンジンの音を響かせて滑り出した。そして、哀れな智子を置いてきぼりにして、忽ち赤い尾燈を鳶色の雨闇の奥へ※(「さんずい+参」、第4水準2-78-61)ませながら消えて行った。智子は、苦笑などでは紛らわしきれない程、ひどく当の外れたような物足りなさを覚えた。人けのない、雨のビショビショ降る事務所街の薄暗がりに、たった一人立っている自分が俄かに佗しい気さえした。……
到頭、智子は本通りまで濡れて行くことに決心した。そこで、袴の裾をつまんで、甃石の上を歩き出そうとした時だった。
行く途の町角を強いヘッドライトの光芒が折れたかと見ると自動車が一台、沫を上げながら走って来た。そして、智子が、ひょっとしてそれが『空き車』の札を掲げてはいまいかと思って、踏み出した爪先を、ためらっている目の前へ来て、ピタリと停車したのである。