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ボニンとうものがたり
ボニン島物語
久生 十蘭
「文藝春秋」1954(昭和29)年10月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 20,772 字 · 41 页
「そこまでのことは、おっしゃるな。行くといわれるなら、お連れもしましょうが、その島だって、お二人が考えていられるような安楽世界ではありません。お話しましょう。こういう訳です。
名子と手間取りが四十二人、船方は私を込めて十八人、合せて六十人の欠食人を連れて島に着いたのが、天保五年の四月の十二日……小島を見捨にして、どんどん南へ下って、小豆島ほどもあろうかという島にとりつきました。青苔の生えた洞門のようなところを通ると、その奥が岩にかこまれた湊になっていて、むこうに砂浜と山の嶺につづく岩阻道が見える。
バナナという木の実、アナナスという果物、見も馴れず、名も知らぬ成りものが、谷と山襞を埋めつくしている、異国人の畑作だとは知らないから、なんとまあ成りものの多い島だなどといっている。
島の奥まったところへ入りこむと、絵に描いたような美事な平地があって、なかほどのところを小さな川が流れ、浅い川瀬の中で、青や、赤や、紫や、色とりどりの蟹が走りまわっている。見ると、名子も舟子も、成りものの木の間に入りこんで、夢中になって木の実をせせっている。とりたてのない国から来たのだから、仕様がないといえば、それまでですが、稗粟をともしく食っている土地から、いきなり天産のありあまる島へ行き着いたのが、そもそも躓きのもとでした。