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ウィタ・セクスアリス

ヰタ・セクスアリス

森 鴎外

「昴」1909(明治42)年7月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 58,941 字 · 119 页

青空文庫

「裔一君」

返事をしない。

「裔一君はいませんか」

障子が開く。例の髪を項まで分けた榛野が出る。色の白い、撫肩の、背の高い男で、純然たる東京詞を遣うのである。

「裔一君は留守だ。ちっと僕の処へも遊びに来給え」

こう云って長屋隣の内へ帰って行く。鳴海絞の浴衣の背後には、背中一ぱいある、派手な模様がある。尾藤の奥さんが閾際にいざり出る。水浅葱の手がらを掛けた丸髷の鬢を両手でいじりながら、僕に声を掛ける。奥さんは東京へ出たばかりだそうだが、これも純然たる東京詞である。

「あら。金井さんですか。まあお上んなさいよ」

「はい。しかし裔一君がいませんのなら」

「お父さんが釣に行くというので、附いて行ってしまいましたの、裔一がいなくたって好いではございませんか。まあ、ここへお掛なさいよ」

「はい」

僕はしぶしぶ縁側に腰を掛けた。奥さんは不精らしく又少しいざり出て、片膝立てて、僕の側へ、体がひっ附くようにすわった。汗とお白いと髪の油との匂がする。僕は少し脇へ退いた。奥さんは何故だか笑った。

「好くあなたは裔一のような子と遊んでおやんなさるのね。あんなぶあいそうな子ってありゃしません」