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いちにんならじ

一人ならじ

山本 周五郎

「富士」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年9月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,312 字 · 21 页

青空文庫

……晴信は物見から篤とこのようすを見やって、

「左衛門大夫どのはさすがにいくさ巧者だな」

と呟いた。

「こんどは当るべからずとみて永陣へ嵌める算段か……これは迂濶には攻められぬ」

そう云うのを聞いて長坂釣閑斎が思いついたように、

「おお申上げるのを忘れておりましたが、左衛門大夫は病死したらしいという聞きこみがございます」

「……ほう」

晴信はじっと眼を細くした。

「かたく喪は秘しておりますが、去る秋の頃たしかに死んだという噂を、つい今しがた報告してまいった者がございます」

それはというどよめきが起り、晴信の子の四郎勝頼が前へすすみ出た。そのとき十八歳の初陣だった彼は、きおい立つ若駒のような闘志を示しながら、

「父上、四郎に先陣をゆるしてください、敵が大将の喪を秘しているとすれば、真一文字に城へ突っ込むべきです、そうすればひと揉みに乗り潰せます。四郎を遣ってくださいお願いです」

そう云って今にもとび出しそうにした。業政が病死しているとすれば、武将はその子の左京亮業盛であろう、それなら軍配のほども知れている、――よし、晴信はそう思ったので馬場信勝をまねいた。

「四郎が先を乗ると申す、まっすぐに城へ斬って入るそうだが問題は、あの架橋だ……」