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たんげさぜん
丹下左膳
林 不忘
01 乾雲坤竜の巻
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 340,187 字 · 666 页
ましてや、門を出がけに、与吉がその影へ向かって財布を投げて行ったことなどは、栄三郎は夢にも知らない。
往来で二、三度左右にためらった末、与吉は亀のように黒船町の角へすっ飛んで行く。まがれば高麗屋敷。町家が混んでいて露地抜け道はあやのよう――消えるにはもってこいだ。
おのれ! 剣のとどきしだい、脇の下からはねあげてやろうと、諏訪栄三郎、腰をおとして追いすがって行った。
それを見送って、振袖銀杏のかげからにっと笑顔を見せたのは、鈴川源十郎である。
手に、ずしりと重い財布を持っている。
斬られたと思った与吉が駈け出して来て、手ぎわよく財布を渡して行ったのだから、源十郎は、あとは野となれ山となれで、食客の丹下左膳が眼の色をかえてさがしている坤竜丸の脇差が、あの若侍の腰にあったことも、この五十両から見ればどうでもよかった。
見ていたものはない。してやったり! と薄あばたがほころびる。
ひさしぶりにふところをふくらませた源十郎、前後に眼をやってぶらりと歩き出そうとすると……。
風もないのにカサ! と鳴る落ち葉の音。
気にもとめずに銀杏の下を離れようとするうしろから、突如、錆びたわらい声が源十郎の耳をついた。