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ここのつのかぎ
九つの鍵
野村 胡堂
「少年時代」1949(昭和24)年1月~4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,349 字 · 42 页
巨億の富
狩屋三郎は冷たい階段の上に腰をおろして両掌に自分の頭を抱き込みました。天才ピアニストとして、華やかにデビューした今夜、しかも大成功の五光を背負って、家路を急ぐ妹の愛子が、忽然として悪者にさらわれるということは、何んとした意地悪い運命でしょう。
「狩屋さん、ここは冷えます、ともかくも私共の家へ引揚げましょう、汚ないところですけれど――」
波野幸子は、遠慮しいしいこんな事を言うのでした。空っぽのビルの中で、石の階段に腰をかけていては、どんな頑強な人間でも風邪を引いてしまいます。
「でも、万一――」
「悪者はとうに逃げてしまったことでしょう。このビルには、不思議な脱け道があるんだそうです。それに私共の小屋はビルにピタリと食いついていますから、表でも裏でも、扉が開けばすぐわかります」
幸子は一生懸命にそう言ってくれるのです。
巨億の富
狩屋三郎はしぶしぶながら、波野姉弟の小屋に案内されました。五六枚の板と筵と、そして焼けトタンで囲った、見るかげもない小屋ですが、中には古いながら畳も敷いてあり、電灯も一つ引いて、何んとなく小ぎれいに暮しているのは、幸子の人柄も偲ばれて床しいことでした。