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ふたつのみち

二つの途

豊島 与志雄

「新小説」1920(大正9)年5月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 51,102 字 · 104 页

青空文庫

「ふみ蹂るのは君の方だ。」

「僕はもう何も云わない。自分の罪は自分で背負うつもりだ。」

「宜しい。君は罪を背負うがいい。僕は苦しみを背負ってやる。そして……。」

――信子は眠っていなかった。……彼女は酔っていた。酔った心にも、初め啓介の様子から強い衝動を受けた。床にはいってから、あたりの様子を窺っていた。木下が室にはいって来た時、彼女は名状し難い戦慄を覚えた。息を凝して、二人の対話に耳を傾けた。深い夜の静寂の中に、対話は低い声で交わされていった。その短い低い言葉が、陰惨な恐怖を彼女に与えた。声が少し高くなる度に、彼女ははね起きようとした。然し恐怖の情に圧せられて、身を動かすことも敢て為し得なかった。木下が交渉云々のことを云った時、彼女は胸の真中を射貫かれたような戦慄を感じた。「何だと!」と啓介が叫んだ時、もう堪えられなくなった。いきなり手を伸して、傍に眠っている看護婦を揺り起した。

高子はむっくり起き上った。木下と啓介とが何か云い合ってるのを見た。彼女はその一言で話題の如何なるものであるかを察した。

「どうなすったのです?」と彼女は声を立てた。「議論なんかなすって。