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にかいから

二階から

岡本 綺堂

「木太刀」1915(大正4)年3、7、8、9月、1916(大正5)年1、4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 14,761 字 · 30 页

青空文庫

しかも私はこの記事を読んで、涙をこぼした一人である。

団五郎と私とは知己でも何でもない。今日まで一度も交際したことはなかった。が、私の方ではこの人を記憶している。歌舞伎座の舞台開きの当時、私は父と一所に団十郎の部屋へ遊びにゆくと、丁度わたしと同年配ぐらいの美少年が団十郎の傍に控えていて、私たちに茶を出したり、団十郎の手廻りの用などを足していた。いうまでもなく団十郎の弟子である。

「綺麗な児だが、何といいます。」

父が訊くと、団十郎は笑って答えた。

「団五郎というのです。いたずら者で――。」

答はこれだけの極めて簡短なものであったが、その笑みを含んだ口吻にも、弟子を見遣った眼の色にも、一種の慈愛が籠っていた。この児は師匠に可愛がられているのであろうと、私も子供心に推量した。

「今に好い役者になるでしょう。」

父が重ねていうと、団十郎はまた笑った。

「どうですかねえ。しかしまあ、どうにかこうにかものにはなりましょうよ。」

若い弟子に就ての問答はこれだけであった。やがて幕が明くと、団十郎は水戸黄門で舞台に現れた。その太刀持を勤めている小姓は、かの団五郎であった。