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じんせいろんノート
人生論ノート
三木 清
下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页
私が無限な存在であるというのは、私の心裡に無数の表象、感情、意欲が果しなく交替するという意味であろうか。しかしもし私にしてそれらの精神過程の単に偶然的なもしくは外面的な結合に過ぎないならば、私はただ現象として存在し得るばかりである。私にして現象である以上の意味をもつことができないならば永劫の時の流の一つの点に浮び出る泡沫にも比すべき私の生において如何に多くのものがそのうちに宿されようとも、いずれは須臾にして消えゆく私の運命ではないか。もろもろの太陽をも容赦しない時の経過は、私の脳裡に生起する心像の無限をひとたまりもなく片附けてしまうであろう。それ故に私にして真に無限な存在であるべきならば、私のうちに時の生じ得ず、また時の滅し得ざる或る物が存在するのでなければならない。
けれども私は時間を離れて個別化の原理を考え得るであろうか。個性というのは一回的なもの、繰返さないもののことではないであろうか。しかし私は単に時間的順序によってのみ区別されるメトロノームの相継いで鳴る一つ一つの音を個性と考えることを躊躇する。
時間は個性の唯一性の外面的な徴表に過ぎないのであって、本質的には個性は個性自身の働きそのものにおいて区別されるのでなければならぬ。