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じんせいろんノート

人生論ノート

三木 清

下記以外「文學界」文藝春秋社、1938(昭和13)年6月~1941(昭和16)年10月<br>個性について「哲學研究 第五十二號 第五卷 第七册」京都哲學會、寶文館、1920(大正9)年7月1日<br>後記「人生論ノート」創元社、1941(昭和16)年8月11日<br>旅について 不詳

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 71,023 字 · 143 页

青空文庫

しかしそれが感傷になると、愛も憎みも一つに解け合う。運動は矛盾から生ずるという意味においても、感傷は動くものとは考えられないであろう。それはただ流れる、むしろただ漂う。感傷は和解の手近かな手段である。だからまたそれはしばしば宗教的な心、砕かれた心というものと混同される。我々の感傷的な心は仏教の無常観に影響されているところが少くないであろう。それだけに両者を厳格に区別することが肝要である。

感傷はただ感傷を喚び起す、そうでなければただ消えてゆく。

情念はその固有の力によって創造する、乃至は破壊する。しかし感傷はそうではない。情念はその固有の力によってイマジネーションを喚び起す。しかし感傷に伴うのはドゥリームでしかない。イマジネーションは創造的であり得る。しかしドゥリームはそうではない。そこには動くものと動かぬものとの間の差異があるであろう。

感傷的であることが芸術的であるかのように考えるのは、一つの感傷でしかない。感傷的であることが宗教的であるかのように考える者に至っては、更にそれ以上感傷的であるといわねばならぬ。宗教はもとより、芸術も、感傷からの脱出である。