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いまどしんじゅう
今戸心中
広津 柳浪
「文芸倶楽部」1896(明治29)年7月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,688 字 · 74 页
こッちですよ」と、声をかけたのは小万だ。
「え、何だ。や、小万さんか。失敬」と、平田は小万の顔を珍らしそうにみつめた。
「どうなすッたの。ほほほほほ」
「お草履をおはきなさいよ」と、お梅は上草履を平田の前に置いた。
「あ、そうか」と、平田が上草履をはくところへ西宮も吉里も追いついた。
「あんまり何だから、どうなすッたかと思ッて……。平田さん、私の座敷へいらッしゃいよ。ゆッくりお茶でも召し上ッて。ねえ、吉里さん」
「ありがとう。いや、もう行こう。ねえ、西宮」
「そんなことをおッしゃらないで。何ですよ、まアいいじゃアありませんか」
西宮はじッと小万の顔を見た。吉里は西宮の後にうつむいている。平田は廊下の洋燈を意味もなく見上げている。
「もうこのまま出かけよう。夜が明けても困る」と、西宮は小万にめくばせして、「お梅どん、帽子と外套を持ッて来るんだ。平田のもだよ。人車は来てるだろうな」
「もうさッきから待ッてますよ」
お梅は二客の外套帽子を取りに小万の部屋へ走ッて行った。
「平田さん」と、小万は平田の傍へ寄り、「本統にお名残り惜しゅうござんすことね。いつまたお目にかかれるでしょうねえ。