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やつがたけとざんき

八※[#小書き片仮名ガ]岳登山記

亀井 勝一郎

「旅 第三一巻第八号」日本交通公社、1957(昭和32)年8月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 5,639 字 · 12 页

青空文庫

ただ八※岳の頂上で日本晴れに会わなかったことは残念だ。雲ひとつない時の山上は、おそらく想像を絶した壮観を呈するだろう。八※岳の頂上が太陽の光りをうけて輝いたその状景を想像する。とくに夕日をうけた姿はもの凄いだろう。その頂上のひとつに立って、冷い空気を通して、パノラマのような眼下の大風景をみわたしたら、すべての疲れも煩しさも忘れられるだろう。

高山の頂上に立ちたいというのは、人間の本能かもしれない。なんのために登山するのかと問われてもほんとうに好きな人は答えることは出来まい。頂上に立ったときの気持などうまく説明は出来ないだろう。大自然によって、おのずから迫られた無心の状態と言っていいかもしれない。ここちよい疲労の中で、ふと夢でもみている気分と言っていいかもしれない。一歩あやまると忽ち死の深淵に転落するわけだから、死とすれすれに味う最上の快楽とも言える。

人間の快楽の原型と言ったものを私は時々考えるのだが、結局それは登山と水泳であろう。自然の肌に、自分の肌をじかに接触させる一番原始的な喜びがここにある。スポーツという言葉もあてはまらないように思う。自然の一部としての人間という、その原始性を直接的に味うことの出来るいわば生の一番なまなましい実感がここにあるのではなかろうか。