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わかれのじ
別れの辞
豊島 与志雄
「中央公論」1935(昭和10)年4月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,330 字 · 37 页
清子は何か癪にさわったように口を噤み、おけいと大西とが冗談を云いあい、長尾は口数少く笑みを含み、宮崎はまた空を見つめ、そしてそのまま時間がたった――のだか、或はそれが私の眼底に映った一瞬の光景だったのか、よくは分らない。一体酒席のことなどは、明暗交錯して、ちらちらして、見極めがつくものではない。そして私がはっと明瞭な意識に戻った時、はっきり覚えているが、島村と長尾とが低い声で何か話し合っていて、長尾が深い溜息を――たしかに好意的な心配の溜息を――ついた時、島村は少し高い声で云ったのである。
「そんな心配より、金銭が第一の問題だということは、君なんかよく分ってる筈だ。僕は全く困ってるんだ。ここの家にもだいぶ借りがある。どうだい四五百円貸してくれないか。」
それは皆に聞えたらしく……というよりも、わざわざ聞かせるような調子で……皆その方を見た。私は彼の正面にいたのではっきり見てとったが、彼の顔はその時蒼ざめて、眼がじっと相手を見据えていた。額だけは相変らず、人形のようななまなましさを持っていた。その全体の調子に、云い難い侮蔑が籠っていた。長尾はその侮蔑をまともに受けたに違いない。