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こくこく

刻々

宮本 百合子

「中央公論」1951(昭和26)年3月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 36,401 字 · 73 页

青空文庫

第一房の鉄扉があけ放され、その外では主任、特高、部長、看守が首をのばして内をのぞいているところへ、入るべき場所でないところへ入ったと云う風な表情と恰好をして中年の町医者が及び腰で出て来るところである。うしろの方に佇んでいる自分に看守が、

「大分様子がわるいので……移した」

と囁いた。自分はうなずき、出て来た医者を、

「一寸!」

と呼びとめた。

「脳膜炎の徴候があるんじゃないでしょうか」

「さア」

留置場じゅうの注目の前に止められて、照れくさそうにしかも狡く、言葉をにごした。

「頸のうしろを痛がるのはそうでしょう?」

「……どっち道手術しなけりゃなりませんな」

明らかに責任回避の態度を示す医者をとりかこんで皆がドヤドヤ出て行った。今晩が関所である。誰しもそれを感じた。監房の真中に布団を敷き、どうやら、思いきり脚をのばして独り今野が寝かされている。こんな扱いを留置場でされることは、もう最期に近いと云うことの証拠ではないか。枕元に、脱脂綿でこしらえた膿とりの棒が散乱し、元看護卒だった若者が二人、改った顔つきで坐っている。

今野は唸っている。唸りながら時々充血して痛そうな眼玉をドロリと動かしては、上眼をつかい、何かさがすようにしている。