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ばけいちょう

化銀杏

泉 鏡花

「文芸倶楽部」1896(明治29)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,197 字 · 54 页

青空文庫

その瞬時真白なる細き面影を一見して、思わず悚然としたまわんか。トタンに件の幽霊は行燈の火を吹消して、暗中を走る跫音、遠く、遠く、遠くなりつつ、長き廊下の尽頭に至りて、そのままハタと留むべきなり。

夜はいよいよ更けて、風寒きに、怪者の再来を慮りて、諸君は一夜を待明かさむ。

明くるを待ちて主翁に会し、就きて昨夜の奇怪を問われよ。主翁は黙して語らざるべし。再び聞かれよ、強いられよ、なお強いられよ。主翁は拒むことあたわずして、愁然としてその実を語るべきなり。

聞くのみにてはあき足らざらんか、主翁に請いて一室に行け。密閉したる暗室内に俯向き伏したる銀杏返の、その背と、裳の動かずして、あたかもなきがらのごとくなるを、ソト戸の透より見るを得べし。これ蓋し狂者の挙動なればとて、公判廷より許されし、良人を殺せし貞婦にして、旅店の主翁はその伯父なり。

されど室内に立入りて、その面を見んとせらるるとも、主翁は頑として肯ぜざるべし。諸君涙あらば強うるなかれ。いかんとなれば、狂せるお貞は爾来世の人に良人殺しの面を見られんを恥じて、長くこの暗室内に自らその身を封じたるものなればなり。