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ふるいど
古井戸
豊島 与志雄
「中央公論」1925(大正14)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,433 字 · 43 页
。それからは、その井戸に何か変異があるとか、僕の祖母が、僕がまだ小さい時、詳しく話してきかしたものだが、そんな他愛ない話は、祖母が死ぬと、一緒に忘れてしまった。然しとにかく、召使を手討にするなんか、昔の大名は平気だったらしいね。」
彼はぎくりと胸にこたえて、暫く友人の顔を見守っていた。
「その、何とか云う旗本の屋敷は、僕の下宿のあたりにあったのかい。」
「さあ、うろ覚えなんだが、祖母の話ではたしか、町名や番地など、どうもそうらしいよ。……何だい、変な顔をするじゃないか。何か出るのかい。」
「出やしないが……。」
「ははは、出たらお慰みだ。皿屋敷なんかより、その方が本物で面白いわけだがね。」
一笑に付されてしまって、彼は夢のことを云い出しそびれた。
然しそれがひどく気にかかった。後の芝居は見る気もなくぼんやり眼をやってるだけで、しきりに夢のことや友人の話が考えめぐらされた。話を聞いてから夢にみることは、世にありそうだが、話をきかない前にそれと符合する夢をみることは、滅多にあるものではない。その上、いやにはっきりした不気味な夢だった。ばかりでなく、掘り返した古井戸の跡や、あの変な自然石など、考えれば考えるほど、怪しい糸がもつれていった。