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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
……俺のいうことはこれで終えた。代理のお前ではわかるまい。帰って市之丞にいうがいい。そうして急いで返答しろ。どうだ、不足はあるまいがな。……や! 貴様どうしたんだ! 何をぼんやりしているんだ! おや、こいつめが、聞いていないな! いったい貴様は何者だ!」
老人は突然怒号した。ようやく相手の若者が、怪しいものに見えて来たらしい。
「おれは観世銀之丞だ。おれは江戸の能役者だ」
銀之丞はひややかにいった。老人の話しでその老人が、善人ではないということを、早くも直感したからであった。「気の毒だが人違いだ」
「ナニ観世だと? 能役者だと?」
見る見る老人の眼の中へ、凄まじい殺気が現われた。つとその手が毛皮の上の、短銃の方へ延びて行った。
「では貴様は、あいつらではないのか? 市之丞の代理ではなかったのか?」
「その市之丞とかいう男、見たこともなければ聞いたこともない」
「しかし、しかし、それにしても、どうしてここへはいって来た?」
「それはもうさっきいった筈だ。小門が開いていたからよ」
「だが、指定した、こんな時刻に……」
「俺の知ったことではない。恐らくそれは暗合だろう」