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めいじんじごく
名人地獄
国枝 史郎
「サンデー毎日」1925(大正14)年7月5日~10月25日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 149,286 字 · 301 页
「へえ、甲州から参りました」そのいう事が半間であった。
「して何んのご用かな?」「お目にかかりてえんでごぜえますよ」「お目にかかりたい? どなたにだな?」「千葉先生にでごぜえますよ」「お目にかかってなんになさる?」「へえ立ち合って戴きたいんで」
取り次ぎはプッと吹き出したが、「では試合に参ったのか」「へえさようでごぜえます」「千葉道場と知って来たのか」「へえへえさようでごぜえます」「ふうん、そうか。いい度胸だな」「へえ、よい度胸でごぜえます」田舎者は臆面がない。
取り次ぎの武士は面白くなったかからかうようにいい出した。「で、ご貴殿のご流名は?」「流名なんかありましねえ」「流名がない。それはそれは。してご貴殿のご姓名は?」「姓名の儀は千代千兵衛でがす」「アッハハハ、千代千兵衛殿か。いやこれはよいお名前だ」「どうぞ取り次いでおくんなせえ」「悪いことはいわぬ。帰った方がいい」「へえ、なぜでごぜえますな?」「なぜときくのか。ほかでもない、大先生は謹厳のお方、さようなことはなさらないが、若い血気の門弟衆の中には、悪ふざけをなさるお方がある。うかうか道場などへ参って見ろ、なぶられたあげく撲られるぞ」