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るそんのつぼ
呂宋の壺
久生 十蘭
「オール讀物」1957(昭和32)年3月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,375 字 · 36 页
「これでは、あまり空しいような気がする。大名方のなさることは、おいどもにはわからん」吉之丞は呟き、考えてもわからないことは考えないほうがいいと、邪念を払うように強く頭を振った。
六月十日の夕方、吉利支丹の夕のお勤めをすませ、艫ノ間で夕食をしているところへ、荷頭の新九郎が駆けこんできて、
「いましがた、黒船が一隻、艫を横切って風下のほうへ行きよりました」
と息巻くような調子で李旦に報告した。李旦は象牙の箸をとめて考えていたが、思いついたように、
「そいで、東沙島はもう過ぎたかい」とたずねかえした。
「へえ、いましがた呂宋の頭へ針を立てたところでござす」
「悪い船道にかかった。フレガタ船かもしれん。用心せな、あかんばな」
「そんこつです。明日は、夜明け前に見張りを出すようにしましょうたい」
翌朝、まだ暗い海の上を、一隻の黒船が船首を横切って影のように風上のほうへ走って行った。
夜があけると、四里ほど向うに、二三段帆の黒船がサンチャゴと並んで走っているのが見えた。
船頭の庄兵衛は、
「やいやい、まごまごするな」
とマラッカ人の水主を怒鳴りつけ、筒眼鏡を持たせて大帆柱の物見台に追いあげた。