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あづまばし

問はずがたり・吾妻橋 他十六篇

永井 荷風

永井荷風『問はずがたり・吾妻橋 他十六篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:吾妻橋、浅草むかしばなし、亜米利加の思出、或夜、噂ばなし、買出し、心づくし、細雪妄評、出版屋惣まくり、にぎり飯、冬日の窓、墓畔の梅、羊羹、老人、渡鳥いつかへる。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,586 字 · 159 页

青空文庫

しかし千代子は日に増し、山室との間が親しくなって行くのを知るにつけ、せめての心やりに、何か真実を籠めた贈物をしようと思定めた。それは毛糸のスェータを編んで男に着てもらおうということであった。

女達の間には一時忘れられていた編物がまた流行り出して、姉さん株の女優の一人はこの間から子供の足袋を編み始めていた。千代子は郵便貯金まで引出して鼠色霜降の糸を買い、往復の電車の中は勿論、舞台裏で「出」を待つ間にさえ、編物の手を休ませなかった。

いつかその興行も千秋楽になる日が近づいて来た。来月はまた浅草公園へ戻るという話がきまって、謄写摺の新しい脚本がめいめいの手にわたされた。

初日になるという前の日、千代子は蝶子とその男の田中と三人して仲店を歩いていた時、賑な人通に交って、睦し気に話し合いながら買物をしている二人連の男女があるのを、ふと見ると、男は自分の恋している山室で、連の女はその辺に出ている広告の写真などで、瀧野糸子とその名も知られている流行歌の歌手であった。

千代子は何の考もなく心安立に呼びかけようとするのを、蝶子が心づいて、窃と千代子に注意をした。山室と歌唱いとは何も知らずそのまま横町を六区の方へ曲る。