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あづまばし
問はずがたり・吾妻橋 他十六篇
永井 荷風
永井荷風『問はずがたり・吾妻橋 他十六篇』。同一底本的分册已合并为一书。收入:吾妻橋、浅草むかしばなし、亜米利加の思出、或夜、噂ばなし、買出し、心づくし、細雪妄評、出版屋惣まくり、にぎり飯、冬日の窓、墓畔の梅、羊羹、老人、渡鳥いつかへる。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 75,586 字 · 159 页
蝶子の男はその後姿を見送りながら、千代子の心持は能く知らないと見えて、
「もうたしかに出来てるね。あの二人は。」と自分の女を顧みた。
「とうのむかしからよ。二人とも早いんじゃ有名な人達だもの。」これが女の返事で、会話はそれなり途切れて他の事に移った。
しかし千代子はこの短い会話の断片をきいただけで、凡てを推察することができた。山室が毎晩イヤに帰りを急いでいる訳も、自分には舞台で接吻したり物蔭で手を握ったりしてくれながら、どこか冷静で、煮切らない態度をしているその訳をも、一度に残りなく知ることができたような気がしたのである。
千代子は今日も毛糸の編物を手提げの中に入れて居たのであるが、もう稽古のひまに取出して見る気もしなくなった。
新しい狂言は闇市で汁粉を売る姉と、菓子を売る妹とが、一人の男の奪合いをするような筋で、妹に扮する千代子の失恋する場面がある。初日の舞台で、この度も千代子の役が第一の出来栄を見せた。千代子はその晩興行主から大入袋の外に特別の賞与を貰って、人から羨しがられたが、自分ながら怪しむほど嬉しい気がしなかった。
山室は相変らず女優達の部屋へ遊びに来て、楽屋外の喫茶店へ千代子をさそった。