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ざいがくりゆう

在学理由

豊島 与志雄

「日本評論」1938(昭和13)年12月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,167 字 · 21 页

青空文庫

季節ものではあるが如何にも古ぼけた帽子、すりへらした駒下駄、よれよれの銘仙の着物、そして髯はきれいに剃っていた。

いつもの飲み屋で、酔っ払った上になお飲んでる時、十七八歳の、商店員らしいきりっとした身扮の、律儀らしい若者がやって来て、いきなり彼を引張って行こうとした。

「な、なに……死んだ!」

声の調子だけは喫驚しているが、若者の顔を見つめたまま腰は落着いて、手から盃を離さなかった。

若者は急ぎたてていた。

「だからさ、早く行かなきゃいけないんだよ。ふだん御恩になってるし、僕の顔もたたないよ。母さんはもう行ってるよ。」

「そこで……俺の仕度は……。」

「ちゃんとしてあるよ、家に……。さあ、父さん、行くんだよ。」

「うむ、いよいよ駄目だったかな。」

まだ若者の顔を見つめたまま、彼の顔は一瞬間、筋力の力が失せたかのようにとほうもなくたるんで、それからこんどは急に硬ばった。

「じゃあ、行くかな。」

考えこんだ調子で、でもすぐに立上って、皆に挨拶もせず勘定も払わず、若者に手を引かれて出て行ってしまった。

そのことが、一同を驚かした。誰が死んだか、どんな関係の者が死んだか、そんなのはこの飲み屋にいる一同にとってどうでもよいことだったが、彼にあんな律儀そうな息子が――彼を「父さん」