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ちじょう
地上
島田 清次郎
地に潜むもの
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 175,250 字 · 350 页
女将が天野の後ろから、
「冬子さん、おめでとう! 天野の旦那様によくお礼を申し上げなさいよ、本当に」とさすがにこうした折の悦びも悲哀も味わいつくして来たらしい、涙含んだ陽気さで大きく叫ぶのだった。
「女将、妓達を七、八人招んでくれないか」
「は、今じき来るようにいいつけて置きましたから――お幸ちゃん、冬子さんはもう素人になったのですよ!」
「今晩は」
「今晩は」
六、七人の若い芸妓が陽気な匂いと声音と熱とをともなってはいって来た。そして冬子に「おめでとう」を唱えた。
月の澄んだ深い夏の夜である。この美しい夏の夜の世界に、ひとり冬子の運命が急激に変わったのである。誰も冬子のこの運命を切実に胸に感じるものはなかった。ありきたりの習慣として「おめでとう」をとなえ、普通な心持で冬子の幸運を羨む位に過ぎなかった。
(これが自由というものなのかしら!)冬子は独り呟いた。二千円の金で自分はもうこの瞬間から芸妓という勤めはしなくともよくなったのだ。妙に寂しい気がした。取りかえしのつかないことをしたような気もした。澄みわたった黒藍色の空から月光が白刃のように光っていた。彼女ははしゃぎ廻る同僚の姿を傍観した。