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なつのはな
夏の花・心願の国
原 民喜
原民喜『夏の花・心願の国』。同一底本的分册已合并为一书。收入:夏の花、苦しく美しき夏、秋日記、冬日記、美しき死の岸に、死のなかの風景、火の唇、壊滅の序曲、廃墟から、鎮魂歌、永遠のみどり。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 152,816 字 · 310 页
中央公民館へ来ると、会場は既に聴衆で一杯だった。彼も今ここで行われる講演会に出て喋ることにされていた。彼は自分の名や作品が、まだ広島の人々にもよく知られているとは思わなかった。だが、やはり遭難者の一人として、この土地とは切り離せないものがあるのではないかとおもえた。……喋ろうとすることがらは前から漠然と考えつづけていた。子供の時、見なれた土手町の桜並木、少年のくらくらするような気持で仰ぎ見た国泰寺の樟の大樹の青葉若葉、……そんなことを考え耽っていると、いま頭のなかは疼くように緑のかがやきで一杯になってゆくようだった。すると、講演の順番が彼にめぐって来た。彼はステージに出て、渦巻く聴衆の顔と対きあっていたが、緑色の幻は眼の前にチラついた。顔の渦のなかには、あの日の体験者らしい顔もいるようにおもえた。
その講演会が終ると、バスはペンクラブの一行を乗せて夕方の観光道路を走っていた。眼の前に見える瀬戸内海の静かなみどりは、ざわめきに疲れた心をうっとりさせるようだった。汽船が桟橋に着くと、灯のついた島がやさしく見えて来た。旅館に落着いて間もなく、彼はある雑誌社の原爆体験者の座談会の片隅に坐っていた。