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ゆうもやのなか

夕靄の中

山本 周五郎

「キング」大日本雄辯會講談社、1952(昭和27)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,522 字 · 19 页

青空文庫

老女は眼を拭き拭き、しどろもどろに、こうかきくどいていた。

「おいねは御存じのように、温和しい気だてのやさしいこでございました、ずいぶん早くから縁談もあったのですが、一人娘のうえ、父親があれの十七の年から中風で寐ついて、暮しの苦しいことを知っていたのでしょう、――婿に来るような人は嫌いだ、と云いまして、自分からさっさと、越後屋のお店へ奉公にあがったのでございます」

父親はおいねの二十四の年に死んだ。母親は家へ帰って婿を取るようにすすめたが、おいねは笑って首を振った。こんな年になっては、嫁にゆくにしても相手は知れている。自分は一生独身でとおすことにきめた。もう少しお店で働いて、なにか小あきないでもするだけ貯めたら、おっ母さんと二人で気軽に暮したい、と云うのであった。

「わたくしはこう思いました」と老女は咽びあげた、「――わたくしがいなければ、あのこ独りなら、纒まる縁談があったのです、わたしがいるために、纒まるはなしも纒まらず、やがてあんな病気になって……死んでしまいました」

老女は面を掩って泣いた。

「貧乏人の子に生れて、苦労の絶えなかったことは、運不運と諦めて貰えます、けれども二十六という年まで、華やいだことも、浮気めいたこともなく、とうとう、夫婦の味も知らせずにしまったかと思うと、可哀そうで、可哀そうで、