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よるのちょう
夜の蝶
山本 周五郎
「家の光」1954(昭和29)年6月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 10,345 字 · 21 页
老人はふらふらする手で、涙と涎で濡れた口のまわりを拭き、だらしなく咽びあげた。
「その相談のすぐあとで旦那は倒れた。さあどうする。二日めには亡くなった、十五年めえの、――明日がその祥月命日だ」と老人は咽びあげながら云った。「仕切りは迫ってる、旦那は亡くなった、金はねえ、さあ、どうする……おらあ知ってるからはらはらしていた。すると、高次てえ人が姿を消した。旦那の亡くなった晩のこった。子飼いから育てられて、お幸さんの婿になると定ってた人が、――お幸さんと祝言して京伝の旦那になるのを眼の前に、ふいっと姿を消しちまった」
「八百何十両という金を掠ってだ」と六兵衛が云った。「やつには金のほうが欲しかったんだ」
「八百何十両掠って逃げた、そう聞いたときに、おらあすっかりわけがわかった」と老人は云った。「高次てえ人は旦那に死恥をかかせたくなかった。自分が盗んで逃げたことにすれば、旦那は恥をかかずに済む。旦那の不始末は明るみに出ねえで済む、こう思ってやったことだ」
「わかった、わかった」と六兵衛が云った。「おめえの云うことはよくわかってるよ、源さん」
「おめえたちにはわからねえ」