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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

彼は、経験に富む父よりも、賢い継母のおまんを恐れている。

酒のさかなには、冷豆腐、薬味、摺り生薑に青紫蘇。それに胡瓜もみ、茄子の新漬けぐらいのところで、半蔵と寿平次とは涼しい風の来る店座敷の軒近いところに、めいめい膳を控えた。

「ここへ来ると思い出すなあ。あの横須賀行きの半蔵さんを誘いに来て、一晩泊めていただいたのもこの部屋ですよ。」

「あの時分と見ると、江戸も変わったらしい。」

「大変わり。こないだも江戸土産を吾家へ届けてくれた飛脚がありましてね、その人の話には攘夷論が大変な勢いだそうですね。浪人は諸方に乱暴する、外国人は殺される、洋学者という洋学者は脅迫される。江戸市中の唐物店では店を壊される、実に物すごい世の中になりましたなんて、そんな話をして行きましたっけ。」

「表面だけ見れば、そういうこともあるかもしれません。」

「しかし、半蔵さん、こんなに攘夷なんてことを言い出すようになって来て――それこそ、猫も、杓子もですよ――これで君、いいでしょうかね。」

疲労を忘れる程度に盃を重ねたあとで、半蔵はちょっと座をたって、廂から外の方に夜の街道の空をながめた。