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よあけまえ
夜明け前
島崎 藤村
01 第一部上
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页
「勝重さん、君は、くたぶれたら横にでもなるさ。」
「お師匠さま、勝手にやりますよ。どうもお師匠さまの足の速いには、わたしも驚きましたよ。須原から王滝まで、きょうの山道はかなり歩きでがありました。」
間もなく勝重は高いびきだ。半蔵はひとり行燈の灯を見つめて、長いこと机の前にすわっていた。大判の薄藍色の表紙から、古代紫の糸で綴じてある装幀まで、彼が好ましく思う意匠の本がその机の上にひろげてある。それは門人らの筆記になる平田篤胤の講本だ。王滝の宿であけて見たいと思って、馬籠を出る時に風呂敷包みの中に入れて来た上下二冊の『静の岩屋』だ。
さびしく聞こえて来る夜の河の音は、この半蔵の心を日ごろ精神の支柱と頼む先師平田大人の方へと誘った。もしあの先師が、この潮流の急な文久三年度に生きるとしたら、どう時代の暗礁を乗り切って行かれるだろうかと思いやった。
攘夷――戦争をもあえて辞しないようなあの殺気を帯びた声はどうだ。半蔵はこのひっそりとした深山幽谷の間へ来て、敬慕する故人の前にひとりの自分を持って行った時に、馬籠の街道であくせくと奔走する時にもまして、一層はっきりとその声を耳の底に聞いた。