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よあけまえ

夜明け前

島崎 藤村

01 第一部上

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 205,629 字 · 408 页

青空文庫

長いこと勤めていた下男も暇を取って行って、そのかわり佐吉という男が今度新たに奉公に来た。

おまんが梯子を降りて行ったあと、吉左衛門はまた土蔵の明り窓に近く行った。鉄格子を通してさし入る十一月の光線もあたりを柔らかに見せている。彼はひとりで手をもんで、福島から差紙のあった国防献金のことを考えた。徳川幕府あって以来いまだかつて聞いたこともないような、公儀の御金蔵がすでにからっぽになっているという内々の取り沙汰なぞが、その時、胸に浮かんだ。昔気質の彼はそれらの事を思い合わせて、若者の前でもなんでもおかまいなしに何事も大げさに触れ回るような人たちを憎んだ。そこから子に対する心持ちをも引き出されて見ると、年もまだ若く心も柔らかく感じやすい半蔵なぞに、今から社会の奥をのぞかせたくないと考えた。いかなる人間同志の醜い秘密にも、その刺激に耐えられる年ごろに達するまでは、ゆっくりしたくさせたいと考えた。権威はどこまでも権威として、子の前には神聖なものとして置きたいとも考えた。おそらく隣家の金兵衛とても、親としてのその心持ちに変わりはなかろう。そんなことを思い案じながら、吉左衛門はその蔵の二階を降りた。